禁断の果実

 私はおおむね画廊や美術館と仕事をしている。その仕事の他に、少ないけれど、文化財の仕事もしている。仕事は仕事なので、特別分けて仕事はしていないのだが、それでも、何となく無意識に、作家の顔と、文化財者というより仏師の方が近い表現かな、、。その作家の顔と仏師の顔を使いわけている気がする。

 ちょっと話はそれるけど、明治の宗教改革まで、仏師は神のため、仏のために奉仕する職人であった。その後文明開化の名のもとに宗教のためだけでない、自己表現という創作意識が起こる。うん、そうだよね。抑えがなくなればとき放れたい気持ちが起こるのは当然の理だよね。私もそう思う。その後何十年かかけて、この自己表現は、社会の自由から、個人の自由、創作テーマも、もっともっと生活に近いものに変わっていった。当然な流れだよね。私もその一人だった。遠くを見据えるのではなく、自分の生活のリアルさを探したんだよね。別に今までの自分を否定はしない。

 だけど、ここにきてこの自己表現とやらは、私にとっては禁断の果実だったと思う。自己表現て私にとっては自我表現であったと思う。東北に震災が起きて、私自身も病気になって、ちょいと立ち止まって考えるようになった。そろそろ私よ、もう気が済んだだろ?

 

 言葉で書くのは難しいのだけど、仏像仕事と美術館や画廊で発表しているオリジナルな作品に向かう姿勢が最近同じになっていることに気づいた。私はもういらない、祈りの形を彫りたいと思っている。ああそう、これからは仏師として生きるんですね?そういうのとは、違うんです。では岩野勇三さんの『にけ』を、追い求めるんですね?これは、少し正解。でも岩野さんが作品を作っていた昭和の時代と、平成が終わろうとする今のおかれている社会状況は違う。そう、美術って、音楽って、社会の写し鏡なんだと思う。今は昭和のように勝ち組、負け組時代ではない。共存に向かっている。その中でこその祈りの形を作りたいと思う。

 禁断の果実よ、ごちそうさま。

 

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